手塚治虫 『I.L −アイエル−』

                

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そう、あの日から全てが変わってしまった。


――人類が初めて月面に到着したあの日から。





手塚治虫 『I.L(アイエル)』 1巻     手塚治虫 『I.L(アイエル)』 全巻



『I.L −アイエルー』

作画 : 手塚治虫 (『ビッグコミック』 掲載)



本作の主人公は、一流映画監督「だった」 伊万里大作(いまり だいさく)。

この当時、字通り「夢物語」とされていた月面着陸に成功したあの日を境に
これまで人々の持っていた価値観は、大幅に塗り替えられた。

それにより、彼の作る映画は「真新しさがない」「時代遅れ」と称されるようになり
世間からは、見向きもされなくなってしまうのである。


     


そんな彼が、街中で偶然に出会った占い師の助言を受け
半信半疑になりながらも、歩を進めた先には、古びた洋館がそびえ立っていた。

まるで運命に導かれるように、大作はその洋館の扉に手をかけ、物語の幕が開ける。



   




     
                         現実と非現実が入り混じった、安定の手塚治虫ワールド。



大作が入った洋館で、彼を出迎えてくれたのは「異形」の姿をしたモノたち。
そのモノたちを束ねる男は、伝説の悪魔『ドラキュラ』。
ドラキュラは、大作が映画監督であることを見込んで、彼にしか出来ない仕事を依頼する。それが

「現実の世界、つまりこの世の監督をして欲しい」 というもの。

そして、その映画のヒロイン役として登場した女性の名前が
この漫画のタイトルにもなっている『アイエル』

彼女との出会いによって、大作の人生は大きく動き出す。



アイエルは『不思議な棺』の中に入ることで
「老若男女、どんな人物にでも自由自在に自身の容姿を変えることが出来る」
そんな特殊能力を持っている。


     


このドラキュラからの依頼を引き受けた大作のもとには、数々の依頼が舞い込むようになり
その依頼内容に応じて、様々な人物に変身する事ができる能力を用いて
アイエルは、他者の身代わりを演じ、大作が監督となり、他者の人生を演出していく。



この作品の概要をざっくりとまとめると、このような感じの作品となる。

物語の冒頭としてのインパクとは大きく、読者を魅了するだけの十分な魅惑を漂わせてる空気感は
十分に感じていただけたのではないだろうか。


このように、名作となりうる予感を感じさせるには十分過ぎる始まりではあったが
途中から、漫画の方向性がどんどん別の方向に逸れていき
「アイエルが他者の身代わりに人生を演じ、大作がその人生を演出する。」という設定が
最後まで生かしきれていないまま、完結してしまった印象が強い。


だからと言って、この作品が『駄作』なのかと問われると、決してそうではない。


基本的に、本作品は1話完結のストーリーで構成されているが
この手の読み切り作品を描かせたら、手塚治虫を超える漫画家は存在しないと断言してもいい。
それだけの、完成度の高い洗礼されたストーリーが、この『I.L(アイエル)』には詰め込まれている。

わずか20ページという短いページ数の中で、起承転結がきっちりと描かれており
読み終わった後には、文字通り一本の「映画」を見終わった後のような気持ちにさせられる。





     

とは言え、その映画の結末はバッドエンド以外の何者でもないが・・・



青年誌での連載だけあって、ストーリー構成はブラック・手塚治虫節が全開。

人類の幸せ? ハッピーエンド?

ナニソレ、イミワカンナイ!



手塚治虫の作品と言えば、『鉄腕アトム』や『リボンの騎士』、『ジャングル大帝』などに代表されるように
大人も子供も楽しめる、アットホームな作品が多いイメージだとは思うが、それこそまさに

ナニソレ、イミワカンナイ!



     
                     持論を展開する異常者



     
             報われない人生の最期・・・


上記以外にも、虫と合成した女との性交シーンが描かれていたり
恋人とともに国境を越えて亡命するも、その恋人に裏切られて殺される話など
誰も救われない話のオンパレード。

衝撃的過ぎるストーリーの連続であるため、最初から最後まで一気読みしようもんなら
確実に心が病られるので、数日に分けて読み進める事をお勧めする。


これらのように、インパクトの大きいストーリーが盛り沢山ではあるが
それらの話の合間には、第4話『メッセンジャー』や、第8話『マネキン』などの
感動的なストーリーも挿入されており、それがまた良いアクセントになっている。

それだけに、物語が進むにつれて、最初の意図から離れていってしまい
その設定が生かしきれず完結してしまった事が、残念な気がしてならない。


「主役になり損ねた、エキストラの1人。」


決して主役にはなれないが、いないと成り立たない。
この作品には、そんな言葉を送りたい。


(おわり)




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